「研究者の政治任用」について、その人物はこう語っていた。
「私よりもっと若くて、研究にどっぷりつかっている人に同じような要請があったとします。私なら『人生を棒に振るかもしれない』ということも十分考えた上で行動するように助言するでしょう。本当に自分を捨てる覚悟でやれるか、です。今のように政治が不安定な状況で政治任用されても、政局次第ではやった.ことが無になる可能性もある。私はそれも覚悟の上でお引き受けした。『これをやらなければ、日本は変わらない。生き残れない』と考えているからです。しかし、本来は医療や福祉の問題は政治の動きと関係なく国家の重大案件として議論し、国家戦略を策定すべきではないでしょうか。各省庁で策定した案をホッチキスで束ねたものを国家戦略と称しても、事態はどんどん悪化していくだけでしょう。医学・医療を� ��べて統括できる医療庁のような組織をつくる必要性を議論してほしい」
その人物とは、中村祐輔・内閣官房医療イノベーション推進室長。問いを発したのは、ほかならぬ本誌だ。
前号の「集中OPINION」で医療イノベーションの苦境について中村氏は腹蔵なく論を展開した。先の発言はそのときの取材中になされたものだ。字数を調整した結果、やむなく割愛せざるを得なかった。
前号刊行から2週間もたたない12月12日、読売新聞が〈新薬開発「日本は無力」...国の推進役、米大学へ〉と中村氏の室長辞任と2012年4月の米シカゴ大学移籍を打った。本誌でのインタビューは中村氏の「遺書」として一部で話題となる。
彼女は私を愛しと言うときにしか表示されなかった場合
「中村氏が室長を投げ出せば、医療イノベーションはもう終わり」(在京の民間研究機関幹部).
「就任当時から予想されたこと。意外性はない」(製薬企業経営者)
「推進室自体がすでに無用の長物と化している」(国立大学教授)
辞任への評価は四分五裂している。国内医療政局が相変わらずべたなぎ状態のため、格好の話題となった。前出の教授はこう解説する。
「中村氏が激怒して辞めるのは事実。だが、バラク・オバマ米大統領の地元、シカゴに行くことに意味があります。彼は恐らく個別化医療センターの責任者に就任する。研究費や処遇も上がるでしょう。推進室に置いておくのとどちらがいいのか。国民にとってもプラスになる話」
推進室の問題は医系技官が分不相応にはしゃいだことに起因する。政策の細かい点にまで口出しした。
「そうじゃないだろうと。政治家や官僚のような素人、技官がプレーヤーになってはいけない」(同前)
一方、こんな指摘もある。
「今後、中村氏は米国立衛生研究所(NIH)の予算で研究することになります。日本向けに情報を供給できるかは微妙」(前出経営者)
いずれにせよ、「うまくいかないことが分かったのだから、うまくいくところに行けばいい」(前出教授)のは確かだろう。中村氏が新天地で挙げる成果に期待したい。
推進室が法改正に関与も
医療イノベーション全体に目を向けてみよう。大きな柱としては、中村氏の専門である創薬以外に医療機器、再生医療がある。中村氏は創薬で予算を獲得すべく、尽力してきた。機器や再生医療は規制改革を追い風にむしろ進展している面もある。
「これからじゃないですか」とある推進室関係者は語った。
「機器はメーカー側の問題。業界団体である日本医療機器産業連合会の意向で『審査をしやすくしてほしい』という大命題が浮上している」(前出の推進室関係者)
「再生医療では経済産業・文部科学・厚生労働の3省連携でどうすれば進むか。『ファーム』と呼ばれる再生医療商品を産業化する企業連合ができている。安全性と有効性を確認しながらものにしていく面では進んでいます」(国立大学研究者)
推進室が発足して約1年。3省庁で議論ができる土壌がようやくできてきた。日本の医療に対する司令塔の役割を目指すのは、「これから」。
課題は明確化されつつある。例えば、薬事法改正。これまで明言されていない面があった機器についての記述を加えようとする動きがある。国会での承認はハードルが高いものの、議論は熱を帯びている。検討部会の議事録はインターネット上のウェブサイトにアップされている。それを見れば、明らかだ。
「医療イノベーションは予算だけの問題ではない」(前出研究者)
医療イノベーションはもともと多軸な政策である。創薬と機器、再生では見える景色が全然違ってくる。
「再生医療では推進室と医薬品医療機器総合機構(PMDA)、官僚機構が共同歩調を取っている。この時期、よもや法改正にまで推進室が関与するとは。まったく予想していなかった」(前出の関係者)
推進室が医療イノベーションの政策決定にかかわることは確かに重要である。だが、発足したばかりの機関が何もかも決められる実力を持てるわけではない。少なくとも、機器や再生に関しては個別の課題についてこれまでの積み重ねが生きた。
中村氏は意思決定の在り方自体、予算配分の権限にまで踏み込もうとしていた。使命と役割が違えば、成果が異なるのも無理はない。機器と再生分野に関しては、12年通常国会以降の動きを注視していきたい。
東日本大震災を受けて、政府内部でのライフイノベーション、医療イノベーションへの位置づけも二転三転した。発災後、夏場までは静寂。秋以降には何らかの方向付けがなされるかと思いきや事態は悪化した。
小宮山厚労相は無関心
「9月に発足した野田佳彦内閣で小宮山洋子氏が厚労相に就任した影響も大きい。小宮山氏はこうした政策にたばこほども関心はありません。医療分野の技術革新は小宮山氏にとって、政策のスポンサーである仙谷由人氏にどれだけ気を使うかの意味しかない」(前出研究機関幹部)
医療イノベーションは本来、短期・中期の政策だった。目指すべき方向は分かる。その上で何をすべきかを形作っていった。今や個々の事案は「実現性はどうなのかのかけ算」で評価されている。長いレンジのものは放っておいても誰もが見続けることで意味が出てくる。短期・中期をここで手当てしないと、空き家同然に荒れてしまう可能性もある。
今夏以降、東京・永田町の議員会館で開かれる医療関連の院内集会。国会議員の出席は概して低調である。こうした光景が常態化していること自体、政権における医療政策の優先度を示しているといえる。
「巻き返しには、この延長線上で一戦交える必要がある。そのためには『観客』が不可欠。観客を引きつけられる論点を整理して準備する作業をこの先1年くらいでするしかないでしょう」(前出幹部)
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